ブライアン・ウィルソンの一面, 海外に興味, 生き甲斐

brian_wilson

・ビーチボーイズの最初のシングル「Surfin’」は10-15万枚売れたそうですが、バンドには1000ドル以下のお金が払われたそうです。
(参照:Let’s Go Surfin’)

・以前ジューク・ボックスを所有していたそうですが、いつも”Be My Baby”をかけていたそうです。
Be My Babyの作者の1人であるフィル・スペクターは一度、ピアノを弾くようにブライアン・ウィルソンをセッションに誘いましたが、あまり上手ではなく追い出されてしまったそうです。
(参照:Brian Wilson & Phil Spector)

・幼い頃から、右耳の聴覚がないそうです。
何故か分かりませんが「あの耳。スミソニアン博物館に寄与した方が良いよ」と、ボブ・ディランは言ったそうです。

・録音を一度始め、すぐに中断し数十年後に完成したアルバム『スマイル(Wikipedia)』の録音中に見た1966年の映画「セコンド(Wikipedia)」を見たブライアン・ウィルソンは自分のトラウマ的事件を題材にして作られた映画としばらくの間、思い込むほど、恐怖し。セコンドを見た後は、次に見る映画「E.T.」まで15年以上、映画館には行かなかったそうです。
(参照:Wikipedia”Seconds (film)”)
参照以外のリンクはウィキペディアです

・アルバム『スマイル』の製作中、ビーチにいるような感覚を足元に覚えさせるため、ピアノの周りを砂の入った袋で囲みました。
同じ時期に、浴室にサウナも作ったそうです。

・アルバム『サマー・デイズ』収録の”Girl Don’t Tell Me”は当初、ビートルズに提供する予定でだったそうです。

・『ペット・サウンズ』の”キャロライン・ノー“は高校時代に恋をした”Carol Mountain”の名前から、最初”Carol, I Know”と言う曲名だったそうです。

・『スマイリー・スマイル』の”グッド・ヴァイブレーション”の録音に5万ドルの費用がかかったそうです。

・影響を受けた出の音楽にジョージ・ガーシュウィンの”Rhapsody in Blue”
ビートルズの”With a Little Help from My Friends”
ローリング・ストーンズの”My Obsession”
チャック・ベリーの”Johnny B. Goode”
ボブ・ディランの”Mr. Tambourine Man”等があるそうです。
(参照:Brian Wilson: The Music That Made Me[僕を作った音楽])

・5回目の挑戦で、運転免許証が取れたそうです。

・エルヴィス・プレスリーに会った際、エルヴィスのお腹にちょっかいを出し続け怒らせてしまいました^^;

・『サンフラワー』収録の”Cool, Cool Water”はコカ・コーラの宣伝のために書かれたそうです。

・1970年代前半に2年間、朝食に12個の卵と1斤のパンを食べ45キロ以上体重が増えたそうです。
・精神科医のユージン・ランディーはウィルソンが、ベッドから起きないと水をかけるほど厳しく正しい食生活のため、冷蔵庫に南京錠をかけました。

パニック発作に襲われると毎回、胃を落ち着かせるために、ゆで卵を食べていたそうです。

・ステージ恐怖症に毎回悩まされているそうです。
(参照:10 Tips on Beating Stage Fright)

・所用していた薬の副作用で手にタバコを持っていることを忘れ、娘のカーニーを抱きかかえてしまいました。
ウィルソンは自分への罰として、浴室に自分を監禁し頭を剃りました。

・2004年、ロンドンのロイアル・フェスティバル・ホールでの『スマイル』の公演では5分間以上のスタンディング・オベーションが起こりました。
会場には、ポール・マッカートニー、ジョージ・マーティン、ポール・ウェラーも来ていたそうです。

・『オランダ』の録音のためアムステルダムへ向かう途中、チケットもパスポートもなしで空港に入り、免税ラウンジで眠ってしまったそうです。

・プロデューサーのルー・アドラーからミック・ジャガーに紹介をされた時、ミックから飲み物をすすめられましたがミックが人のコーラに怪しい薬を入れる、という噂を聞いていたため断ったそうです。